メディア王になり損ねたディレクTVとF1放映権。

今年の大河ドラマ「べらぼう」の主人公は「江戸のメディア王」とも呼ばれる蔦屋重三郎ですが、レンタルビデオや書店を手がける「TSUTAYA」のネーミングは創業者・増田宗昭氏の実家の屋号に由来するもので、直接関係はないとか。増田氏は蔦屋重三郎の人生について「自分でも好きだ」とコメントしています。


TSUTAYAもまた一時代を築き上げ、また現在は「Tポイント」の運営で日本の流通を大きく変えた企業ですが、そんなTSUTAYAが過去に経験した大きな失敗は衛星放送「ディレクTV」です。日本における運営会社の株式35%を取得しましたが、わずか3年足らずで撤退に追い込まれました。


そんな日本におけるディレクTVの失敗をふり返った記事がなぜか最近になって出てきたのですが、この中に興味深い記述があります。ディレクTVがF1の放映権を獲得しようとしていた、というものです。

この話は、増田氏の著書『情報楽園会社』に記されています。初版はこれからディレクTVが始まるタイミングの1996年に出版されましたが、2018年に復刊するにあたり、その顛末に触れた章が追加されています。Kindle版だと220円で買えますのでぜひどうぞ。


ディレクTVの放送開始は1997年12月なので、おそらく1998年シーズンの話だと思いますが、増田氏はF1のドン、バーニー・エクレストン氏と交渉し、5年契約を取り付けたとのこと。放映権料は総額100億円以上だったそうです。しかし、ディレクTVの役員会で、当時のアメリカの親会社の反対を受け、この契約は反故にされてしまいます。


いまでこそアメリカでもF1の人気が出てきましたが、当時はまだアメリカとヨーロッパの垣根は高い頃でした。そもそも親会社の幹部はF1を知らなかったとのこと。1993年には前年のF1王者、ナイジェル・マンセルが契約問題でシートを失い、CART(現在のインディカー)に電撃参戦するという出来事がありましたが、F1の知名度は高まりませんでした。

当時から現在に至るまで、日本ではフジテレビがF1の放映権を保持し続けていますが、デジタル衛星放送が始まったことによって、F1もデジタルテレビへの参入を開始。1996年のシーズン途中から「F1 Digital+」というマルチチャンネル放送を開始します。最初はドイツで放送され、その後ヨーロッパ各国へと広がっていきました。その過程で日本でも放送される可能性があったわけです。


「F1 Digital+」は2002年に放送を終了します。その後、舞台をストリーミングに移して「F1 TV Pro」が始まったのは2018年のことでした。早すぎるサービスだったのでしょうか。

日本における多チャンネルの衛星放送は、ディレクTVのほか「パーフェクTV」と「JスカイB」の3陣営が参入する予定でしたが、JスカイBが自力でのサービス開始を断念し、パーフェクTVとの合併を選択したことでパワーバランスが大きく変化しました。そして、現在に至るまで「スカイパーフェクTV」(スカパー)のみがサービスを提供しています。


もしディレクTVがF1の放映権を獲得できていれば、もっと撤退を先送りできたかもしれません。プロ野球も12球団すべてがスカパーに集結することはなくバラけていたかもしれませんし、2002年の日韓ワールドカップの放映権や、その後のJリーグの放映権についても違った動きがみられたかもしれません。そんな歴史のifを考察するのも面白いかと思います。

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