『スポーツチームの経営・収入獲得マニュアル』

GW中に読んだ本の紹介ということで、最近発行されたばかりの本『スポーツチームの経営・収入獲得マニュアル』を取り上げます。著者は東京大学特任教授の木村正明氏。今年J1昇格を果たしたファジアーノ岡山の創業者・オーナーであり、元Jリーグ特任理事だった方です。


この本は、ファジアーノ岡山創成期からの経験と、その後のJリーグ、そして研究者として培った外部からの眼をふまえ、プロスポーツチームの経営を軌道に乗せていくために必要なノウハウを紹介しています。


ただ、この本はそれと同時にJリーグクラブの経営について、これまであまり触れられてこなかった点を浮き彫りにしたという点においても、多くの人に読まれるべきものでしょう。

第1章「ファンづくりと球場集客の実践方法」は、集客方法をチームが成長するフェーズごとに分けて説明している内容ですが、のっけから「成績と集客に明確な相関関係はない」という刺激的な指摘から始まります。もちろん、勝っているから行く、負けているから行かないという人はいるのでしょうが、他の因子のほうが強いため、相関関係を見い出せないという話です。


最近だと、成績が低迷している福岡ソフトバンクホークスの観客数が減っているのでは、という記事が話題になりました。これまで満員御礼が当たり前だったものが、空席が目立ち始めるとどうしても気になるものです。もちろん球団によって事情は異なるものと思いますが、ダイナミックプライシングによって入場料が高騰したことの反動など、他の要因についても大いに検討する必要があるものと思われます。

ファジアーノ岡山はいわゆる「タダ券」を配らなかったことでも知られるクラブです。「夢パス」(現在は夢チケ)という小学生以下は無料で入場できる仕組みがありますが、こちらはチケット代を協賛企業が負担する形で運営されており、タダ券とはまた違うものです。その夢チケも、今年はJ1昇格により満席が相次ぎ、最大300席までの抽選制に改められています。


その背景には、2009年の時点で岡山県民がプロスポーツ観戦に使う費用は一人当たり「年間11円」という衝撃的なデータがあったそうで、まずはお金を払って観戦してもらう習慣を根付かせないことには始まらないという危機意識がありました。


最近ではJリーグが主導して無料招待を行う施策が増えていますが、これは木村氏も理事時代に携わった「JリーグID」の導入とセットになっています。単にタダ券をばらまくのではなく、新規顧客をターゲットとし、各種マーケティングデータを取得する仕様に改められています。

第2章「スポンサーの獲得について」もかなり赤裸々な内容と言えます。ファジアーノ岡山時代の経験をふり返り、スポンサー企業が協賛した理由と、逆に離脱した理由を説明しています。ここでのポイントは「サッカーが好き」であることを協賛の理由と答えた企業は少なく、地域貢献であったり、イメージアップであったりといった実利を求める声が多いということでしょうか。また、企業の意思決定者とどのようにして出会ったかという話は、営業マンにとっては必見の内容です。


第3章「グッズ販売について」は、グッズに絞り込んだ具体的な内容なのですが、こちらでも「グッズが黒字の球団はほとんどない」という事実が示されています。確かにグッズは多品種・少量生産の最たるものであり、黒字を出すのは難しい商材です。すべて外注し、ライセンス料のみを受け取る形(いわゆるライセンスアウト)をとればリスクは低減できますが、グッズの企画力は落ちることになります。


第4章「クラブの企業価値」は、昨年木村氏が論文として発表した内容の説明です。Jリーグのクラブが買収される際、その金額が低く算定されているのでは?という疑問から、欧州クラブの企業価値を算定するモデルをJリーグにも当てはめています。


ただ、この論文が出てから木村氏自身にも結構なツッコミがあったようです。それは「親会社(責任会社)の負担額が考慮されていないのでは?」というものでした。買収に必要な金額だけでなく、将来的に必要な金額も分からないと、買収を検討できないというわけですね。

2020年に、Jリーグはクラブの赤字を親会社が補填した場合、全額を広告宣伝費とみなし損金として処理できることを国税庁に確認しています。これは、1954年にプロ野球球団を対象として出された通達が、他のプロスポーツにも適用されるという画期的なものでした。これも木村氏がJリーグ専務理事だった頃の出来事です。


Jリーグの親企業はスポンサー料として毎年大きな金額を負担しているわけですが、適正な範囲を超えていればそれは赤字補填が目的であると解釈されることでしょう。経営の健全化のためには、親企業(およびグループ企業)以外からのスポンサー獲得が課題となります。

第5章「親企業の年間拠出金額」では、題名の通り親会社が支出している金額を推定しています。対象は2023年にJ1に在籍していた18クラブから、特定の親会社が存在しない新潟を除き、J2から清水・磐田を加えた計19クラブです。


具体的な数字は本書を参照して頂ければと思いますが、20億円以上を拠出しているクラブもあれば、1億円に満たないクラブもあります。あくまでも推定値ではありますが、かりに20億円を毎年支出しているのならば、そこから具体的にどんなリターンを得ているのか、株主などのステークホルダーに詳しく説明する義務があるでしょう。


筆者としては、この話題がいわゆる「野球vs.サッカー」のような不毛な論争に使われることを望みません。Jリーグの各クラブが財務諸表を公開しているからこそ、こういう議論ができることを忘れてはなりません。今後も経営の透明化を進め、すべてのプロスポーツに役立つデータやノウハウを提供して頂ければと願うばかりです。

【お知らせ】現在コメント機能が使えない状態です。感想・意見・誤情報のツッコミ等ございましたら、筆者のX(旧Twitter)までお願い致します。 @flower_highway

0コメント

  • 1000 / 1000