ユニバーサル・アクセス権とWBC

NetflixによるWBCの放映権独占の衝撃は大きく、日本でも「ユニバーサル・アクセス権」を求める論評がいくつか出てきています。ユニバーサル・アクセス権とは、スポーツを「公共財」であると定義し、特定の大会については誰でも無料で視聴できる権利があるとするものです。イギリスやEUなどでは権利が確立されており、各国で対象とするイベントが指定されています。

【追記 9/5】

昨日(9/4)付の産経新聞に、ユニバーサル・アクセス権の議論を始めるべきとの社説が掲載されましたので、あわせて紹介いたします。

当ブログでもユニバーサル・アクセス権の話題はこれまで何度か扱ってきましたので、興味のある方はサイト内検索などで見て頂けるとありがたいです。とくに、AFC(アジアサッカー連盟)が主催するワールドカップ予選については、DAZNが放映権を独占したため同様の議論が持ち上がっています。(ホームの日本戦についてはテレビ朝日にサブライセンス)


AFCについては代理店が高値をふっかけてきたとされ、交渉が難航しました。AFCは当初の代理店を外し、電通を立てたことで事態が収束に向かっています。その一方で、今回のWBCの案件では電通をはじめとする代理店の関与が見えてきません。もし、代理店を飛ばして直接Netflixに権利を売ったとすると、日本国内の調整役が不在となりますので、今後も厄介なことになってきそうです。

ユニバーサル・アクセス権は主にヨーロッパで確立している権利ですが、アメリカには存在しません。スポーツ文化における両者の違いがここにも反映されています。アメリカでもスポーツは公共のものであるという思想はありますが、1975年に発生したFCC(米連邦通信委員会)と有料チャンネルのHBOによる裁判でHBOが勝訴したことで、ユニバーサル・アクセス権については実質否定されています。


アメリカにおいて放映権の販売は商業の自由の範囲内であり、それを無料にするか有料にするかは放送局の「表現の自由」であって、制限できないという解釈です。さらに、アメリカにおいてプロスポーツは独占禁止法の適用外となっています。MLBもその恩恵を受け、放映権ビジネスを加速させていると言ってよいでしょう。


それゆえに、もし日本でもユニバーサル・アクセス権が導入されたとしても、それはヨーロッパ発祥の思想であり、アメリカンスポーツと馴染むものであるかは検討が必要です。

また、WBCが「公共財」として足り得るものかどうかを充分議論する必要があるでしょう。確かにWBSC(世界野球・ソフトボール連盟)が公認する国際大会ではあるのですが、基本的にはMLB傘下の私企業であるWBCIが主催する大会であり、運営面でさまざまな指摘があることは言うまでもありません。まぁ、IOCやFIFAも金まみれだと言われればそれまでなのですが、国際的な統括機関と一興行団体の違いは大きいです。


「公共財」ということは、裏を返せば政府が資金を投入する可能性があることを意味します。放映権料をふっかけられてどこも買えないとなれば、最終的には国民の負担になる可能性があるのです。イギリスの法律では、放映権を販売する主催者や代理店などに対して「合理的かつリーズナブル」に提供することを義務付けていますが、相手が海外の企業となると、国内の法律がどこまで通用するかは微妙です。

幸いにして、イギリスでは過去に放映権の交渉が成立せず、指定された大会(クラウンジュエル・リスト)の放送が行われなかったという事例はありません。ただ、交渉がぎりぎりまで長引いたことはあります。どうしても相手が引かなければ、最終的には公共放送であるBBCがなんとかせざるを得ません。その財源は受信料ということになります。


同様の規定が存在しているタイでは、2022年のFIFAワールドカップの交渉が難航する事例が発生しています。代理店がふっかけたのが理由ですが、放映権料14億バーツのうち、政府が6億バーツを負担することで決着しています。この財源は当然ながら税金ということになります。結果的に、タイ政府は次回以降FIFAワールドカップを対象から外すことになりました。

日本でも、2023年のFIFA女子ワールドカップの放映権が難航したことが記憶に新しいところです。決着したのは開幕9日前で、NHKが日本戦と開幕戦・決勝戦を放送することで決着しました。NHKが支払った放映権料は10億円弱とされています。


NHKについては、MLBに支払っている放映権料を問題視する声も出ています。実際の金額は非公開なのですが、民放と合わせて年間100億円程度の金額が動いているとされます。スポーツが公共性を帯びた存在であることには疑いありませんが、もしユニバーサル・アクセス権の議論が本格化するのであれば、このあたりは当然厳しく問われることになります。

【お知らせ】現在コメント機能が使えない状態です。感想・意見・誤情報のツッコミ等ございましたら、筆者のX(旧Twitter)までお願い致します。 @flower_highway

0コメント

  • 1000 / 1000