五輪の理念はリモート化できるか。分散開催の可能性。
引き続きオリンピックの話。
なぜオリンピックはわざわざ世界中から人を集めるのか。競技ごとに世界選手権があるのだから、各地でやればいいのではないか。そんな問いはよく聞かれます。筆者自身もかつては大いに疑問を持っていました。
もちろんその裏には巨額なマネーが動いており、その動きが面白いからこそこんなブログを書いているわけですが、コロナ禍によってスポーツ界全体のマネーの流れが滞っているいまでは、単に面白がってはいられないな…という想いに至っております。
マネーの話を抜きにすれば、オリンピックは世界から人々が集まることに意義があります。文化が異なる人々が一堂に集うことは、より完成された人間をめざすというオリンピックの理念に沿ったものであり、単なるスポーツの世界大会ではないというわけです。
その象徴のひとつが選手村(オリンピック村)であり、オリンピック憲章で設置が義務付けられています。来年コロナがどうなっているかはわかりませんが、選手村で充分な感染対策ができない状況に陥れば大会も開催できなくなるでしょう。
ただ、コロナによって人々の意識も変化しつつあります。リモートでの仕事や教育も当たり前のものになりつつあります。今後より意識が浸透してくれば、選手村を開かなくとも世界各地で大会を分散して開催することができるかもしれません。
以下にあげたのはヤフージャパンが出した広告で「オンラインに引っ越します」とあります。もちろんIT大手だからできることであり、またオフィスの費用削減などの狙いもあることとは思いますが、もしオフィスに集まらなくとも以前と同等以上の仕事ができるのであれば、それにこだわる必要はないわけです。
とはいえ、異文化との交流はやはり直接触れあってこそという部分はあります。なにがリモートで代替でき、なにができないのか。いまは世界中で試行錯誤が行われている時期です。
とまぁ、崇高な理念を掲げてはみたものの、やはり理念の実現にはマネーも必要です。今後も当ブログではオリンピックを含めたスポーツ全体のマネーの流れを注視していきます。
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